「う〜……」

 この頃ラボで寝る事も少なくなくなってきたから置いた、折りたたみベット……。アタシこれかなり好きなんだよねー……。
 だからこっちのほうがよく眠れちゃうぐらいで、折りたたみならではの金属っぽい硬さが病みつきになっちゃうぐらいで。
 とにかくアタシの寝ているベットはいい感じなのです。ジャンク屋の倉庫にあったからって伊達じゃないのよっての。

 夏休みももう片手で数えられるぐらいしか残ってないような今日この頃……。
 今年の夏休みは、アタシには珍しくメカ鈴凛の調整とかそういう諸々の研究と、学校の課題とかそういうものを両立させてきた夏休みだったの。いつも中だるみしちゃって、宿題の提出期限とか、結構先延ばしにしてたときあったのよねー……。でも今年はソレがなくって……っていうか、アタシからそうしないように頑張ったの。だって、アニキにあんなこと言われちゃったら……頑張るしかない!って思っちゃうもん。

 

 夏休みが始まる前の最後の日曜日だったっけなぁ……。学校帰りにバッタリアニキと会っちゃって……アニキにコーヒー奢ってもらっちゃったんだ♡
 そこのお店、すっごく雰囲気よくって、なんだかアタシの好みにピッタリだったんだぁ♡やっぱりアレかな……。アニキがアタシのことを想ってお店を考えてくれたのかな……エヘヘ♡
 で、そこでちょっとお話してたんだけど、その中でアニキに言われたんだよね……。
「鈴凛さぁ、今年の夏はちゃんと課題とか済ませとけよ?去年みたいに呼ばれちゃさすがに堪らないよ……」
 そうなんです。去年の夏休み最後の日……。アタシは最後の最後まで宿題を半分以上残してしまって、もうどうにもこうにも終わらなくって、ついにアニキを呼んじゃったのよ。助けて!って……。
 アニキもあんまりいい顔しなかったけど、それでも手伝ってくれて……さっすがアタシの自慢のアニキだぁ♡って思ってたのよ。
 だけど、それが尾を引いてて、「鈴凛はそういうことにめんどくさがり屋なんだからキチンとしなきゃダメだぞ!」ってよく言われるのよね……。今回のも、それの一つ……。
 でもその時は、アニキに言われた事だから!って「はぁい、肝に銘じておきます」って返事したのよねぇ……。

 

 でもそれが持続できたのもここまで……みたいねぇ……。はぁ……。
 アタシは今日の朝からずぅーっとベットの上でゴロゴロしてます。
 でも今は本当にヤバイ時期だから、いつものアタシならなんか気晴らしをして勉強しちゃうんだけど、今日の外はあいにくの雨……。なんか最近意味なく雨が降るのよねぇ……。
 メカ鈴凛の実験なんかも今日はお休み。これまでやってきたデータ採集も一段落したから、今は次の実験への構想を考えてる段階なの。今日はメカ鈴凛の電源も落としてあるし、ラボにいるのは実質アタシ一人だけ、なのよねぇ……。

 勉強の合間の気晴らしになるように音楽を聞ける設備もつけたし、多少のお菓子もあるけど、今は音楽もつけてないし、お菓子も食べたいとも思わないの……。はぁ、なんだかスランプの時と似てるわ……。
 外の雨は結構強くて、とても冷たそう。アタシは昨日の夜からパジャマ代わりに薄着をしてるだけだからなおさら。なんだかそれに合わせて「よし、やるぞッ!」っていう火も消えていくような感じです。
 はぁ……こういうのを『無気力』っていうんだろうなぁ……。
 んーっ……動かなくてもやっぱり体は硬くなるのよねぇ……。

ガタッ……ガラガラ……。

 ベットの上で、寝たまま大きく背伸びをしたら、脚が物を山積みした山に当たって、それがちょっと崩れちゃったみたい……。あーン、全然当たったような感じじゃなかったのに……。なんだか狭いのってこういうのは不便よね……。
 「はぁ……」とため息をつきながら、体を起こして、ベットに落ちてきた物を戻そうとしたの。そしたら……
「あれ?これ……」
 妙にホコリのかぶり様がすごくて、それに今では全然使われなくなってきている黒い箱状のもの。アタシじゃなくても一目で電子機器って分かるけど、それにしては薄くて長方形で……とっても古い思い出をこめるためのもの。
「この8ミリテープ……」
 さっきは「古い」なんて言っちゃったけど、実はそうでもないような気がするの。本当につい最近までは小さな子供の姿をとるために普通に使われていたような媒体だし……それにアタシのラボにも現役で再生できる機器が置いてあるぐらいなんだから!
 こんな風に思ってしまうのは、やっぱり機械に愛着があるからだと思うの。あんまり機械をバカにしたくないし、古いからってそう簡単に捨てたくないって思ってるの。古くったって、少し壊れてたって、前は使ってたんだから、アタシたち人間だって、それに敬意を………って、これを話し始めちゃったら終わらないかな、エヘヘ……。
 とにかく、まず再生してみる事にしました。テレビの主電源を入れて、8ミリテープを再生できるようにして……再生っと……。
 やっぱり古いせいか、初めは少し砂嵐が流れてたけど、少しずつ中央に人の輪郭が現れてきたの……。

『……あ……映ってますかー?……いいかな。……鈴凛、お久しぶりです。僕です』
 出てきたのは、アニキでした。でも、今現在の背が高くって、カッコよくて、男の子らしく小麦色に焼けた顔のアニキじゃなくて、顔も幼くって声も全然違う小さな子……。そう、今アタシが見てるのは小さい頃のアニキ。
『えっと……その、鈴凛……。いっつも泣いてるって聞いたんですけど……その、楽しい事を考えれば……!じゃなくて………えっと、あの……その……』
 今とは全然違って、すごく弱気なアニキ。今はスパスパものを言ってくるのに……。なんだか本当にアニキじゃないみたい。
 こんな感じで数分アニキがもじもじしているのが映ってたんだけど……突然アニキが何か決心を固めたような表情をして言ったの。
『……とにかくさ、泣くなよ。ジジは遠くへいっちゃったけど、僕は鈴凛の側にずっといるから……。僕がジジの代わりに鈴凛を守ってあげるから。離れ離れになっても、いつでも僕が鈴凛の側に駆けつけるからね。僕はこっちで頑張るからさ……だから………』
 アニキは一息置いて、まるで今のアニキがアタシを見ているような目で言ったの。

 『鈴凛も負けずに頑張れ!』って……。

 

 これは、アタシがアニキと離れ離れで暮らす事になった、少しあとのものでした。
 アタシはジジが死んで、それからまもなくアニキまでアタシの側を離れていっちゃったから、とても寂しかったんだと思う。今まで頼って、抱きついて、じゃれてきた人たちが一気に二人もいなくなったら………。今そうなっても、アタシはとっても傷つくと思うの。
 今のアタシでも耐えられない事だもん、昔のアタシはもう毎日泣いて喚くしかなかったんだわ……。そういう記憶も、かすかにあるの……。
 だからアニキがこれを送ってくれたんだと思う。まぁアニキも小さかったし、他の人の思惑もあったんだと思うけど………そんなことは今も昔も関係ない。
 あの頃からずっと、今もずっと、大好きなアニキがアタシに「頑張れ!」と言っている……。あの日のようなちょっと仏頂面のアニキにじゃなくて、こんな可愛いアニキに精一杯言われちゃったら……。
「頑張るしかないわよねッ!」
 アタシは十回目ぐらいになる、テープのリピート再生を止めて、心の中では、今のアニキじゃちょっと言われるのに飽きたのかなぁ……ってボーッと考えて……足はいつも勉強をするスペースのところに向かわせたわ。
 宿題はあと少し。これぐらいなら雨があがってからアニキと遊べるぐらいの量だもの。ガンバらなくっちゃねッ♡